高齢者のための『ことわざ・格言』

「老の繰り言」

 年をとると同じことを何回も繰り返して言うことが多いようです。新しい話題がないことも原因でしょうが、昔の思い出が大きいものであるからかも知れません。
 また、気になること、心配事を何度も言うことがあり、この時は「心配症・心配しすぎ」と思われて若い人に嫌がられてしまいます。
 年老いた時にこうならないように、普段から「心配症」は自戒に少なくしておくようにしましょう。
 また「老の繰り言」を聞いている若い人は、真剣に聞かないで、軽く聞き流し、他の話題にふりかえたり、歌を一緒に歌う等の他の動作に転換できるといいのですが・・・。


「老骨に鞭打つ」

 年をとっても尚厳しく努力を重ねていくことを言います。前向きの意味でも使われるし、非常の覚悟を示すつらい状態をいうこともあるようです。
 いづれにせよ、老骨に鞭打ち続ければいづれは倒れてしまいます。程々にしておくことが必要です。生真面目な人ほど、倒れるまで努力してしまう人がいます。これは大変危険です。自分の体力・気力を勘案して行動しましょう。


「老婆心(ろうばしん)」

 親切心で「ちょっと一言いっておいてあげよう」というのが、行き過ぎて「言い過ぎ」になり、過干渉として嫌われてしまうことになります。
 お爺さんが一言いうと、大体は説教になり、「うるさい頑固じじい」と言われるようですが、お婆さんのこのような癖は、母親的で教育的な所から来ているようです。母親と言うものは、子供に対して構い過ぎ・過干渉になりやすいもので、この癖が抜けきれないのでしょう。「親切心もほどほどに」


「年寄りの冷や水」

 年をとっても元気でいることは良いことであるが、勢い余ってやりすぎると危ないことになります。気は若いのでもっと活動したいと思うものの、身体は年相応のことしか出来ないという現実があり、無理をすると骨折したり、疲れがどっと出て余病を生じるということもある。
 まだ大丈夫と思っても、ほどほどに止めておくのが良い。


「老いては当に益々壮ん(さかん)なるべし」

 若い時に抱いた志は、しっかり持ち続けなければならないという意味です。人間は一生を通じて、天下の為・人の為に高い志を持ち続けるべきであるということ。利己主義的に元気であればいいというのではありません。わがままな元気ではありません。
 高潔な人生を送って老後を迎えた人は、多くの人から尊敬されることでしょう。しかし、このように高潔な志を持ち続け実践できる人は多くはないのが現実です。従って我々庶民は、人に迷惑をかけず、時に奉仕の精神を忘れず、時に後進を温かく後援することを心がけることにしましょう。そうすることによって、老いても世間との良い繋がりを保つことができるというものです。